昔から、アウトドアが身近にある環境で育った。
父親の影響もあって、田舎に行くと海よりも川派。父の田舎である那須では、今思うとちょっと危ないような場所から川に飛び込んで遊んでいたし、キャンプもいつも楽しみだった記憶がある。
大人になって東京でファッションの仕事をするようになってからも、その反動なのか、自然と接する時間を無意識に求めていた気がする。忙しい日常の中で、アウトドアは自分をフラットに戻してくれる存在だった。
30代に入ってから、なんとなく自分の人生について考えるようになった。
昔から「これをやりたい」という気持ちはあるものの、夢や目標を言語化するのはあまり得意じゃない性格だ。ただ、ぼんやりとずっと頭の片隅にあったのが、「いつか山に住みたい」「自給自足っぽい暮らしをしてみたい」という想いだった。
そんなことを考える中で、シンプルな疑問が浮かんだ。
野菜は種を蒔けば食べられる。魚も釣れば食べられる。
じゃあ、肉は?
――そうだ、狩猟をやろう。
これが、僕が狩猟にどっぷりハマるきっかけだった。
そんな流れで、今では狩猟が生活の一部になっている。

僕が狩猟に強く惹かれている理由は、自分の「好き」が全部詰まっているからだと思う。
まずひとつは装備。散弾銃はもちろん、普段身につけるアウトドアギアにはミリタリー要素が強いものも多く、ファッションとして着ているだけではわからない機能性やディテールに、実際のフィールドで初めて気づかされる。
ポケットの位置、生地の強度、防寒性や耐水性。
過酷な環境でリアルに使うことで、それらを試し、アップデートしていく。そのプロセス自体がとても楽しい。



もうひとつは、僕がやっている「巻き狩り」という犬を使ったチーム猟のスタイル。
ひとつの山を囲み、獲物の足取りを読み、「ここだ」という場所で待つ。犬の鳴き声が近づき、獲物が目の前に現れた瞬間、その高揚感と同時に、命をいただくという現実がある。
この瞬間に感じる「生きている」という実感は、言葉にするのが難しい。
緊張感も、敬意も、感謝も、全部ひっくるめて何とも言えない感覚だ。


僕にとっては、片道150kmの山までのドライブも、車好きとしては楽しみのひとつ。
やっぱり、アウトドアは車があってこそ。道具も時間も含めて、すべてが旅になる。

そして、狩猟の前後にするキャンプ。ほぼ野営なので、自由でしかない。
なんだったら獲れた獲物をその日に焼いて食べる。これは、まさに最高のひとときだ。



狩猟は、僕にとって小さな旅であり、冒険であり、行くたびに自分の中に何かが残っていく体験でもある。
同時に、自分自身を振り返る時間にもなっている。

気づけば、こんなふうに自分の好きなものが全部詰まった趣味を、もう11年も続けている。
ここだけの話、沖縄に何度も移住を考えたことはあるけれど、「狩猟ができない」という理由で、いつも踏みとどまっている笑
